第一章

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「これからも、亮様の所などで顔を合わせる機会もあると思いますけど、嫌な顔はなさらないでね」  笑顔が告げるのは、別れの挨拶だった。  蓮の中に生まれかけていたかもしれない思慕が遠退くのを承知で、首肯できるはずもない。  想いを打ち明けるのなら、今だ。  わかっているのに、うまい言葉が出てこない。  これが亮であれば、女心を掴む台詞をするりと口にできるのだろう。  考えたのは、現実からの逃避に過ぎない。今更自らの性格を悔やんだところで、この場での蓮への対応がうまくできるわけでもないのに。  会釈の後、蓮の笑顔が見えなくなる。月龍に背を向けて歩き出した先は、邑の中だった。  既視感に襲われる。初めて会った時も、こうやって見送った。  名も訊けず、小さくなっていく背中を虚しく見つめているだけだったのを思い出す。  もう二度と会えないのではないかと半ば諦め、半分は出会いに感じた運命が本物なら必ず会えると思い込んでもいた。  亮の所での再会は、月龍の思い込みを助長させるに足るものだった。蓮の気持ちが自分へと傾きかけていたのは、奇跡にも思える。  だが、ここで見送ってはすべてが消える。  焦燥感が月龍の背中を押した。 「公主」  呼びかけに振り向いた蓮を抱き寄せる。  華奢な体は何処までも細く、あまり力を入れては折れてしまいそうな程だった。 「邵様?」 「――月龍と」  訝しげな声だった。  姓で呼ばれ、反射的に(あざな)を口にする。 「亮が言ったのは事実です。私は、あなたを」  お慕い申し上げております。  頭の中では容易に発せられるのに、何故か言葉にはできない。喉の奥に声が貼り付いて、痛みさえ感じた。  このままでは伝わるものも伝わらない。  震える呼気に、なんとか声を乗せる。 「公主には、字で呼んで頂きたい。できるならこれから先も、二人で、共に、歩みたい」  演舞でも舞った後のように息が切れた。  遊びで体を重ねてきた、今までの女達とは違う。  公主相手に、付き合った、けれど別れた、などとは通用すまい。想いを告げるのは、覚悟が必要だった。
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