第一章

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 怒ったような口調だが、実は不安の現われだと亮にはわかる。  また、言いたいことも理解できた。政略結婚は、当事者の感情に左右されるものではない。  たとえ、月龍と蓮が結ばれたとしても結果は変わらず、悪戯に辛い想いをするだけではないか。  それくらいなら、想いは秘めたまま諦めた方がい、と思っているのだろう。  亮は笑う。 「それはないな。親父は蓮を、大層可愛がっている。あれが悲しむような真似はせんだろうし、それでなくともおれと蓮の婚姻を快く思っていない」  そうでなければ、亮の気分だけで先延ばしにできるはずがない。  暗愚と成り果てた王も、姪の蓮には何故か甘かった。その可愛い蓮を、嫌っている亮に娶わせることを忌避しているのは、目に見えている。 「前例のないことだが、何処からか遠縁の娘を養子にでも入れておれにあてがい、蓮には惚れた相手との幸せを、とでもぬかしそうだ」  先送りになっているのは婚姻だけではない。二十一を過ぎた今になっても、亮は立太子していなかった。  その事実が、言葉以上に王の気持ちを物語る。 「悪かった」  亮の言わんとすることを、理解したのだろう。月龍が気まずそうに詫びた後、けれど、と続けた。 「そちらは片がつくとして、亮、お前の気持ちはどうなのだ」 「おれの気持ち?」  聞き返して、苦笑する。  そういえばと思い出したのは、心配げに歪んだ嬋玉の顔だった。  幼い頃、亮と月龍は共に嬋玉を訪ね、後宮に忍び込んでいた。だから嬋玉も月龍を知っている。  月龍が蓮に惚れたと知ればさぞ驚くだろうと、こっそりと報告に行ったのだ。  その時、弟のように思う二人が蓮を巡って争うことになるのでは、と心配された。 「よしてくれ。お前までそのような戯言を言うのか」 「お前まで? 他の誰かにも言われたのか」 「ああ、嬋玉殿にな」 「やはり」  項垂れるように呟かれて、辟易とする。 「いや、だからそのようなことはないと言っているだろうが。まったく、嬋玉殿といいお前といい、おれはそれ程、蓮に惚れているように見えているのか」 「見えるさ。お前はあの顔を見ていないからそのようなことが言えるのだ」 「あの顔?」 「蓮様と話している時の、優しげなお前の顔だ」 「当然だ。おかしなことを言うな」
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