21人が本棚に入れています
本棚に追加
鏡を前にしているわけではないのだから、自分の顔など見えるはずがない。
額を押さえて洩らした嘆息に、呆れを乗せる。
「それはまぁ、おれも蓮を嫌っているわけではない。気心の知れた幼馴染だ。話していれば笑いもする」
「しかし」
「ああもう、らしくもない心配をするな。たとえ誰かの妻であれ気に入れば力ずくで奪う。お前にはその方が似合うぞ」
「それは、相手が他の男なら遠慮するものか。だがおれは、お前を失いたくない」
ぶっきらぼうに言って、睨み据えるような視線を横へと流す。
気付いていはいた。
月龍は亮以外の誰にも心を開かない。友人と呼べるのは亮だけだ。
だから、葛藤もわかる気はする。唯一の友を失いたくない、けれど蓮への想いも諦めきれない。
迷いのために瞳を揺らす様は、いじらしくすらあった。
だがそれにしても、と苦く笑う。
「誤解を招くような台詞だな」
「な、おれは別に」
「わかっている。言っただろう、誤解だと」
喉を鳴らして笑いながら、榻に倒れこむ。流し目を送って、にやりと口の端を歪めて見せた。
「まぁ、お前が乗り気でないのなら無理強いするつもりはない。当初の通り、おれが蓮を娶るだけだ」
「それは」
「公主がお見えです」
さすがに気色ばむ月龍を遮ったのは、衛士の声だった。
立ち上がり、緊張の面持ちを見せる月龍を、不思議に思う。すでに何度も顔を合わせているのだから、蓮の気安さは知っているはずだ。
なのに、未だに全身を硬直させる意味がわからない。
亮はむしろ、蓮といると心が落ち着く。
月龍を固めさせる笑顔は、亮の気負いを払拭してくれる。安堵とか安らぎとかいう感情に、胸を満たされるのだけれど。
これが、恋情を抱いているか否かの違いなのだろうか。
「こんにちは亮様。邵様も」
入って来た蓮は、相変わらず花のような笑みで会釈する。
頬を強張らせたまま返礼もできぬ月龍だが、それでも始めの頃に比べればまだよくなった方だ。以前は蓮の姿を目にした途端、両膝を折って足元に平伏していたのだから。
公主に対しては至極もっともな態度ではあるが、蓮自身、そのように振舞われるのを好まない。できればおやめ下さいと何度となく促され、ようやく膝を折ることはやめた。
最初のコメントを投稿しよう!