第一章

6/23
前へ
/463ページ
次へ
 鏡を前にしているわけではないのだから、自分の顔など見えるはずがない。  額を押さえて洩らした嘆息に、呆れを乗せる。 「それはまぁ、おれも蓮を嫌っているわけではない。気心の知れた幼馴染だ。話していれば笑いもする」 「しかし」 「ああもう、らしくもない心配をするな。たとえ誰かの妻であれ気に入れば力ずくで奪う。お前にはその方が似合うぞ」 「それは、相手が他の男なら遠慮するものか。だがおれは、お前を失いたくない」  ぶっきらぼうに言って、睨み据えるような視線を横へと流す。  気付いていはいた。  月龍は亮以外の誰にも心を開かない。友人と呼べるのは亮だけだ。  だから、葛藤もわかる気はする。唯一の友を失いたくない、けれど蓮への想いも諦めきれない。  迷いのために瞳を揺らす様は、いじらしくすらあった。  だがそれにしても、と苦く笑う。 「誤解を招くような台詞だな」 「な、おれは別に」 「わかっている。言っただろう、誤解だと」  喉を鳴らして笑いながら、(トウ)に倒れこむ。流し目を送って、にやりと口の端を歪めて見せた。 「まぁ、お前が乗り気でないのなら無理強いするつもりはない。当初の通り、おれが蓮を娶るだけだ」 「それは」 「公主がお見えです」  さすがに気色ばむ月龍を遮ったのは、衛士の声だった。  立ち上がり、緊張の面持ちを見せる月龍を、不思議に思う。すでに何度も顔を合わせているのだから、蓮の気安さは知っているはずだ。  なのに、未だに全身を硬直させる意味がわからない。  亮はむしろ、蓮といると心が落ち着く。  月龍を固めさせる笑顔は、亮の気負いを払拭してくれる。安堵とか安らぎとかいう感情に、胸を満たされるのだけれど。  これが、恋情を抱いているか否かの違いなのだろうか。 「こんにちは(リーアン)様。(ショウ)様も」  入って来た蓮は、相変わらず花のような笑みで会釈する。  頬を強張らせたまま返礼もできぬ月龍だが、それでも始めの頃に比べればまだよくなった方だ。以前は蓮の姿を目にした途端、両膝を折って足元に平伏していたのだから。  公主に対しては至極もっともな態度ではあるが、蓮自身、そのように振舞われるのを好まない。できればおやめ下さいと何度となく促され、ようやく膝を折ることはやめた。
/463ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加