第一章

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 けれど今度は、自然に振舞おうと努めるあまりか、常以上の無愛想になるのだから度し難い。  背を押してやるつもりで、蓮に話しかける。 「どうでもいいが、この男を邵と呼ぶのはやめてくれんか。せっかくこうして私室で会っているというのに、姓で呼ばれては公の場にいるようで落ち着かん」  邵とは養子先の姓であるから、自分のものではない気がする。月龍は常々そう言っていた。  ならば惚れた女には(あざな)で呼ばれた方が嬉しかろう。 「でも邵様は地位のある方ですから。失礼ではありませんか?」  月龍は衛尉(えいい)だった。年齢の割りには出世している。  もちろん亮の力添えもあるが、武芸に関しては、確かな実力者であるのも事実だった。  だが、公主相手に胸を張れる程の官位ではない。己の身分には頓着せずとも、相手を敬う礼節は守る――蓮らしい発言だった。 「いえ、私は構いません」  構わないのではなくそうして欲しいくせに、月龍の口調には愛想がない。  亮は、ハッと短く笑う。 「なに、惚れた女に親しく呼ばれて怒る男はいない。遠慮せずに、月龍と呼んでやれ」 「亮!」 「ああ、そういえばまた、花を持って来てくれたのだな」  気持ちをあっさり暴露されたためか、月龍が気色ばむ。  怒りをかわすために、話題を変えて立ち上がった。両手を広げて、ゆっくり蓮に歩み寄る。 「美しい花だ。お前が摘んでくれたのだと思うと、なおさら別格に思える」  亮は意図的に優しげな笑みを刻んだ。  蓮の腕にはいっぱいの花束も、亮ならば片手で足りる。花束を片腕で抱え込み、残った片手で肩を抱き寄せると、蓮の額に口付けた。  まったく何をしているのか。嫉妬に歪む月龍の顔を横目に、自嘲する。  煽ってみたかと思えば、こうやって意地の悪いことをするなど、まるで子供だ。  煮え切らない月龍をたきつけるためにと考えたのは、嘘ではない。  けれど、うっとりと見上げてくる蓮の眼差しが心地よかったのも、否定できなかった。  優越感を瞳に乗せて、月龍に視線を流す。  悔しかったらお前もこれくらいやって見せろ。  挑発は、無粋な月龍では無理だとわかっているだけに、やはり意地が悪いのかもしれない。
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