4 貧乏画家は、馬車を追って屋根の上を走る

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 トニヤは暖炉脇の薪置きから数本の薪を選び出すと、次々とランカスター子爵の手に触れさせた。画家がくぐもったような声で呪文を唱えると、書き物机に置かれた羊皮紙と暖炉の前に置かれた薪が、同時に弾けるような音を立てた。 「どうしたのじゃ。いったい何が起こったのじゃ?」 「殿下のお体にかけられた呪詛の念力が、この薪へ流れ込むように道を作ったのです。少しですが、呼吸が楽になられたのではないですか?」 「ふ、ふむ……」  ランカスター子爵は、肉球で自分の胸を撫でさすった。そして返事をする代わりにニヤリと笑った。 「これなら葉巻が吸えそうじゃ」 「良かった。しかしもうしばらくは、紫煙の楽しみはお控えください。さてと、マリーベル。僕に力を貸してくれ」  トニヤはソファからフランス人形を持ち上げると、ランカスター子爵の膝の上に置いた。そして薪の一本を手に取ると、燃え盛る暖炉に投げ入れた。火の中で薪は爆竹のように激しくはぜて、真っ黒な煙を吐き出した。 「いかがですか? また一段と、呼吸が楽になられたのではないですか? 薪が燃えるにしたがって、お体の寒気も取れてくるかと思います」  暖炉からパチパチとナラ材特有の軽くはぜる音が、心地良いリズムとなって聞こえてきた。子爵の体から薪の中に流れ込んだ呪詛が、呪詛の発信源へと送り返されたのだ。
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