人魚伝説

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 ーー足を交換して欲しい。  いきなりそう持ちかけていいものかと、迷ったのだ。  ーーなぜ、泣いているの。  けれど、そう聞くのも憚られる。  戸惑っていると、人魚が小さな声で言った。 「陸って、暮らしやすいところ?」  足を交換したら、ということだろうか。たぶん、海月も小さく答える。 「海の暮らしがどんなのかわからないから、よくわからないけど……」 「海は自由よ」  やはりこちらに背を向けたまま、人魚は言った。 「陸に上がると、とても体が重いの。どうしてかしら」 「あ、ええと、海とかプールとかだと体が浮くから……」 「プール?」  人魚はプールを知らないらしい。  それもそうだろう、海は広い。あんな水たまりみたいなものはいらないんだろう。 「プールっていうのは、陸で泳ぐための小さな海。私たちの学校はプールがないけど……」 「どうして?」  不思議そうに、人魚。 「だって、海が近いから。この辺の学校はみんなプールはないよ」 「そう。人間は海でも暮らせるの?」 「ううん、泳げるけど、暮らせないよ。その……暮らすってどういうことか、あんまりわかんないけど」 「食べて、眠って、勉強をして。陸も同じかしら?」 「うん、たぶん」 「そう」  人魚はうなずいたーーようだった。  頑なにこちらに背を向けているため、よくわからない。まるで振り向いたら、海の暮らしを捨てなければならないとでも思っているようだった。 「……私、陸で暮らしたいの」  秘密をささやくように人魚は言った。 「あなたの足と私の尾びれを交換して、陸で暮らしてみたいの」 「私も」  海月は答えた。 「私の足とあなたの尾びれを交換して、海で暮らしたい」  互いの希望は合致していた。  だから、あとは二人がーーそれがどうやって行われるかは分からないがーー足と尾びれを交換し、一人は陸へ、一人は海へ、別れればいいだけだった。  けれど、二人は黙ったまま、その先へ進もうとはしなかった。  口を開いたのは、やはり人魚のほうだった。 「陸は暮らしやすいんでしょう? それなら、なぜあなたは海で暮らしたいと思ったの?」 「私は……」  ーー風になれなくなったから。  そう言って、彼女に伝わるだろうか。
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