2人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
ーー足を交換して欲しい。
いきなりそう持ちかけていいものかと、迷ったのだ。
ーーなぜ、泣いているの。
けれど、そう聞くのも憚られる。
戸惑っていると、人魚が小さな声で言った。
「陸って、暮らしやすいところ?」
足を交換したら、ということだろうか。たぶん、海月も小さく答える。
「海の暮らしがどんなのかわからないから、よくわからないけど……」
「海は自由よ」
やはりこちらに背を向けたまま、人魚は言った。
「陸に上がると、とても体が重いの。どうしてかしら」
「あ、ええと、海とかプールとかだと体が浮くから……」
「プール?」
人魚はプールを知らないらしい。
それもそうだろう、海は広い。あんな水たまりみたいなものはいらないんだろう。
「プールっていうのは、陸で泳ぐための小さな海。私たちの学校はプールがないけど……」
「どうして?」
不思議そうに、人魚。
「だって、海が近いから。この辺の学校はみんなプールはないよ」
「そう。人間は海でも暮らせるの?」
「ううん、泳げるけど、暮らせないよ。その……暮らすってどういうことか、あんまりわかんないけど」
「食べて、眠って、勉強をして。陸も同じかしら?」
「うん、たぶん」
「そう」
人魚はうなずいたーーようだった。
頑なにこちらに背を向けているため、よくわからない。まるで振り向いたら、海の暮らしを捨てなければならないとでも思っているようだった。
「……私、陸で暮らしたいの」
秘密をささやくように人魚は言った。
「あなたの足と私の尾びれを交換して、陸で暮らしてみたいの」
「私も」
海月は答えた。
「私の足とあなたの尾びれを交換して、海で暮らしたい」
互いの希望は合致していた。
だから、あとは二人がーーそれがどうやって行われるかは分からないがーー足と尾びれを交換し、一人は陸へ、一人は海へ、別れればいいだけだった。
けれど、二人は黙ったまま、その先へ進もうとはしなかった。
口を開いたのは、やはり人魚のほうだった。
「陸は暮らしやすいんでしょう? それなら、なぜあなたは海で暮らしたいと思ったの?」
「私は……」
ーー風になれなくなったから。
そう言って、彼女に伝わるだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!