ラプンツェルの長い髪

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 私は戸惑いながらも、そう言葉にした。弘文と別れること、働くということ、ひとり暮しをすること。この温泉街を出たら私はやるべきことがたくさんある。しかし言葉にすると揺るぎなく感じた。確かに不安はある。しかし怖くはなかった。私は満ち足りていて、ようやっと現実と立ち向かう決意ができたからだ。そして脳裏に浮かぶのは、弘文の疲れた背中だ。私があんなに執着した彼との結婚は、綾目と出会って色褪せて見えた。彼との幸せな日々は、彼の密事によって終わっていたのだ。もっと早く、綾目とめぐり合う前に、そのことに気がついていればよかったと思う。弘文との複雑に絡み合った感情に私は雁字搦めになっていた。それが愛だと私は勘違いをしていたことが悔やまれる。そして彼と距離を置くことで、勘違いは正された。沼地に這いつくばる必要はもうない。ようやっと私は臭いを気にしなくてよくなった。私も彼もお互いに抱く憐憫とともに結婚を解消する だろう。それは私と彼が唯一、最後に選択できる、思いやりだと知るだろう。 「毎日でも通うよ」 「綾目」 「なに?」 「好き」  綾目は照れたように笑ってみせる。そして私も好きだよ、と言った。私は綾目のそばによって背中から抱きしめた。このひとが好きだ。弘文なんかよりもずっとずっと。あんなに揺れ動いていたのが嘘みたいに、今は穏やかで綾目への愛しい気持ちに満ち溢れている。きっとこの恋はうまくいく、と私は確信できる。綾目と過ごす未来に私は想いを馳せた。輝かしく、惑わされない、互いに思いを寄せる生活。振り返る綾目にくちづけた。綾目は私のことを見つめ、私は綾目を見つめた。絡み合う視線は今までのものとは違う。それは官能的な色が浮かんでいた。 「抱いてもいい?」  私は頷き、敷かれた布団にそっと押し倒された。  はじめはぎこちなく、額にキスされた。まだ自分の皮膚に夏実の肌が馴染んでいないから、と綾目は言った。不慣れな手つきで綾目は私のどこが柔らかいのか、探るように指先を動かす。私はされるがままであることが受け入れられず、綾目のまぶたにキスをして、胸の膨らみを羽毛で撫でるようにそっと触った。     
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