ラプンツェルの長い髪

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 温泉に身体を浸ければ、肌を通して内臓まで柔らぐのを感じる。無意識のうちに声が漏れる。冷たくカサついてひび割れていた心の中へすら、温かなお湯が流れこんでくるような感覚。これで痒みを恐れることはない。なにも怖くないし、きっとすべてはうまくいく、そんな気分になる。湯加減は少し熱めだと私は思った。肩にお湯をかけているその瞬間、私の頭はぐらりと力が抜けた。私は霞んでいく視界のなかでこのままでは危ないと思って、立ち上がった。そして湯船から出ようとした瞬間、私の視野はブラック・アウトした。  浮遊感から、私は目を開けると、女性ふたりが私の顔を覗き込んでいた。ひとりは旅館の仲居さんで、もうひとりはバスタオルを身体に巻いている。そうだった。私はお風呂で倒れたのだった、と思い出し、冷たくなった髪に触れる。 「大丈夫ですか?」  旅館の仲居さんがそう私に尋ねるので、乾いた口で私は平気です、と答えた。タオルを巻いた女性が、もう心配ない、と言うと、仲居さんは安心したように脱衣所から出て行った。私は身体を起き上げようとすると、バスタオルを巻いた女性に制止された。 「脳貧血です。もう少しこのままでいてください」 「すみません。ありがとうございます」  きっとこのひとが応急処置をしてくれたのだろう。彼女は私を見つめて笑いかけた。私はもう大丈夫ということを伝えるために、反射的に笑ってみせた。 「お酒をずいぶんと飲まれていたんじゃないですか?」 「ビールを」 「ダメですよ、お酒を飲んでお風呂なんて」 「ご迷惑をおかけして、すみません」 「これくらい何でもないです。看護師ですから」     
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