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私の訴えに綾目は何も言わずに、私を抱きしめた。いだき締められると、私はやっと呼吸の仕方を思い出し、柔らかな綾目の背中に腕を回した。
「私以外のことで頭が一杯になっているような女を抱くのは趣味じゃない」
綾目は清々しそうに言って、頭を撫でた。私に聞きたいことはたくさんあるだろう。しかし問い詰めるようなことはしなかった。私はマシュマロのような綾目の手を顔に移し、頬を寄せた。
「優しいね」
「夏実が好きだからだよ」
「そんなこと言われたら、甘えて、つけ込んじゃうよ」
「甘えて、つけ込めばいい。そして私がいなければ、生きていけないようになればいい」
綾目は何てことはないように言って、私の顔を覗き込んだ。そしてくちびるを私のそれに一瞬だけ重ねる。
「気持ち悪い?」
「ううん。柔らかかったなって。でも咄嗟のことだったから、良くわからなかった」
だから、と言って私は綾目にくちづけをせがんだ。綾目のくちびるからは甘い香りが漂っていて、私は自分の身体からもその匂いが発せられているような錯覚に陥った。私にまとわりついていた腐った臭いは綾目との接吻で消えて、私は綾目とのくちづけに漂う匂いに酔い痴れる。この香りは恋の匂いだ。
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