ラプンツェルの長い髪

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 彼の声は疲労が露わになっていて、私に呆れ果てているのがわかった。私はグラスの割れる音を、澄んでいて高く繊細な音を、聞きたかった。それが叶わなかった今、私は力が抜けたようにその場に座り込んだ。そして私はなんのためにここにいるのかがわからなくなり、他人を眺めるように弘文の顔を見つめた。私はどこにいればいいか、わからない。道に迷った子どものようにその場でうずくまる。彼はため息をつきながら、慣れた手つきで私が割ったお皿を片付けた。今月の何度目かの諍いで、私も彼も摩耗している。部屋には憎悪ゆえの倦怠がふたりの間に濃厚に漂っていた。その荒廃に溺れてはなるまいと私たちはもがき、どちらも必死だ。互いを思いやる気持ちがない夫婦生活は、蝿がたかる。私たちの関係は腐りはじめていて、ふたりの間に広がる饐えた匂いにあきあきしていた。 「もうやめてくれ」 「何を?」  意図せず鋭いナイフのような言葉が出ると、弘文は引きつった笑みを浮かべてみせた。彼が何をやめたいのか、私はわからないフリをした。本当は私もやめたかった。口論も、憎しみあうことも、異臭がする結婚生活も。そのすべてを。彼にこれ以上、悪意を持ちたくはないが、私の感情は彼によって波立ち、不安定なものになる。私の安寧は彼に奪われてしまった。私はそんな考えを言葉にしないように、喉元を掻きむしった。不服だが、彼の言う通りこれ以上の押し問答は消耗戦だ。 「寝ましょう」 「そうだね」     
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