ラプンツェルの長い髪

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「夏実はなにもしなくていいのに」 「私だって、触れたい」  もっともっと奥まで。私の乾いていた臓器は中から水があふれて、滴る。それは体液になり、夏実の指や肌を濡らしていく。私は満ち足り、心の底から穏やかな気持ちになる。綾目は私にとって贅沢な安楽椅子だ。目を閉じ夢見心地でその椅子に座ると、私は解放され、心は充足で満水となる。そして綾目の温雅な腕のなかで庇護をうけることができるのだ。私はこの感覚を知っている。だから思わず声が漏れてしまったのだ。 「弘文」  私は彼の名前を口から漏らした。最初にこの過剰なまでの多幸感を私に教えたのは弘文だった。  綾目の眼は液体窒素に浸けられたように、凍った。そしてまるで誰かがわざと優雅に、シャンパングラスを落としたような音が聞こえた。ひとの心が傷つく音。私はその音を、ずっとずっと聴きたかったのだ。時間にしてほんの一秒ほど、その強烈なエクスタシーに私は浸っていた。綾目は私のなかの変化を見落とさず、私を愛撫していた手を反射的にひっこめた。そして覚束ない足取りで、窓際の椅子に浅く腰かけた。 「あなたは残酷な魔女だ!」     
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