ゆんとひな

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 ひなには友だちがいなかった。  いじめられていたわけではない。  クラスのみんなは、ひなにとても親切だった。  三年生の秋から、ひなはじん臓の病気で入院した。  今年の五月からやっと学校に通えるようになった。  初めてクラスに出てきた日、朝の会で担任のまゆずみ先生はいった。  「鈴井さんは病気のせいで、体を強く動かすことができません。休んでいたせいで、勉強にわからないところもあるでしょう。だからみんな、鈴井さんを手伝ってあげましょうね」  「はあい!」  四年四組は声をそろえて答えた。  五月になったら、もう新しいクラスじゃない。  ひな以外のみんなは、すっかりおたがいの顔と名前を覚えていた。  この子はお調子者であの子はクール、この子は活発であの子はふしぎちゃんとか、性格もわかっているようだ。  勉強もぐんと進んでいた。  みんなはもう「焼」っていう漢字も書けるし、立方体の体積をもとめることもできる。  だから、小さな妹に教えるみたいにやさしく、ひなに宿題を写さしてくれたり、プリントの答えを見せてくれたりした。  授業中、いきなりあてられて、はじをかくこともなかった。  苦しい山登り遠足のときには、家で自習していればよかった。  そうじのときだって、ひなだけは机を運んだり、ごみすてに行ったりしなくてよかった。  お客さまみたいで、すっごく楽。  けどそのうち、ひなはなんだかおかしな気がしてきた。  自分のグラジオラスの球根からだけ、めが出てこないような……「おおーい」って大声でさけんでも、どこからも返事が来ないような……おなかの中に、風船がどんどんふくらんでいくような……そんな気持ち。  「たぶん、気のせいだけどね」  たまに、ひなはひとりごとをいった。    ひなは、午前中の授業だけで早びけする。  じん臓の病気というのは、ふしぎな病気だ。  熱やせきが出たり、体がいたかったり苦しかったりするわけじゃない。  自分が病気な感じはちっともしなかった。  でも毎日薬を飲まないといけないし、体をつかれさせてはいけない。  あと、給食が食べられない。  うちで特別なごはんを食べるのだ。  四時間目が終わるとクラスを出て、一人だけで帰る。  朝とちがって、校庭や校門はからっぽでがらんとしていた。  今、児童はみんな校舎の中で給食を食べているからだ。
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