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3.出張
節分から10日ほど過ぎた頃、九十九は大阪での仕事を終えて帰りの新幹線の中にいた。
天気予報の予想通り、日本列島は冷え込んできた。案の定、大雪のために新幹線は米原駅を前にして徐行運転に切り替わってしまっていた。
二人掛けの窓側に座る彼は車窓から見える白一面の景色を見てもあまり悲観的にはなっていない様子である。仕事の疲れはもちろんあったが、ラッキーカラーに囲まれるこんな経験をむしろ喜んでいるようにもみえる。
「新幹線が止まっちゃうってこともあるんですかね?」
京都駅から乗り合わせた隣の女性が九十九越しに窓の外を眺めながら彼に話しかけてきた。新幹線が速度を落とす度に不安げな様子だった彼女を九十九も先ほどから気には掛けていた。
「どうでしょうかね」
彼は不用意に楽観的なことを口にすることを避けて彼女の問いに答えた。
栞と名乗る隣の女性は明日金曜日の仕事への影響が気になるのか、不安を口に出さずにはいられない様子だった。
「札幌から出張で来ていまして、普段、新幹線には乗らないもので」
「この先の米原駅を超えると関ヶ原という場所がありまして、そこさえ抜ければなんとか走ると思うのですが」
「天下分け目の関が原ですか?」
「そうです、そうです、徳川家康の」
九十九は少しでも栞の気を紛らわせようと頭の中にある関ヶ原の戦いについての知識を拾い集めようとしたが武将の名前すらすぐに思い出せないでいた。
「そう言えば、北海道だと節分の豆まきに落花生を使うんですか?」
歴史にさほど詳しくない栞にとっても関ヶ原の戦いよりも節分の落花生の話題の方が話しやすく、北海道特有の風習や方言の話題でその後も二人の会話がはずんだ。
二人を乗せた新幹線は米原駅を超え山間の関ヶ原をゆっくりと速度を落として通過していった。名古屋駅に近づく頃には新幹線は通常の速度に近づき、栞の不安もどこかに消えてしまっていた。
「試飲用の仕事のものなんですけど、お嫌いでなければ」
栞は棚に上げていた鞄から牛乳を2つ取り出して九十九に勧めた。
「栞さんは乳業メーカーで営業をされているんですか、さすが北海道ですね」
九十九はそう言ってストローを差し込み美味しそうに牛乳を飲んだ。
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