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TV見てて思ったんだけど、存在について考えた。妄コンと。
存在証明の為に小説を書いてる。そして公開。一理あるが、言葉をふたつにわける。
「存在」と「証明」だ。
存在はわかる。「芋。はここにいますよー」という事だ。誰一人このエッセイも小説も詩も読んでくれる人がいなくなっても、きっといつか誰かが読んでくれるかもしれないと思って書くのだろう。
しかし今回は「証明」という部分だ。
証明とは何を証明したい?存在を証明したいのか。なんか違うと違和感を抱いた。
そして、ここ数ヶ月、ずっとくすぶっていた火種が段々と大きくなるのを感じた。
証明。何を証明したい?
→自分と自分の作品の立ち位置を証明したい。
やっとこの答えに辿りついた。
私が妄コンに出したのもそれだな。
まったくもって自分が情けない。
いつもそうだ。人の評価が気になる。でもその評価をもらったところで何かを変えようとしないし、ボロクソにいわれれば筆を置くし、かといってそこそこほめられたところで、所詮そこ止まりだ。
自分で言うのもなんだが、文章を書くということについては「そこそこ書ける」らしい。しかしそこ止まりだ。
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