全1/1エピソード・完結
1/10

僕がこの花を見つけたのは、去年の夏のことだと思う。僕はその頃定職らしい定職は持っていなかった。とりあえず友人のコネで家の近所の本屋で店員のアルバイトを見つけてどうにか食いつないでいた。何時もひっきりなしに訪れる客の顔色を覗いながらその日も何事もなく一日が過ぎた。僕は今日の売り上げを店長に報告してから店を出た。  暑い日だった。アスファルトの焼ける匂いもようやく一段落ついて、町にはあちらからもこちらからも肉や魚や煮物の香りが渦巻いてきた。僕はその押しては返す波の合間をさまよって歩いていた。よたよたと家に向かうわけでもなくかといってこのままどこかに向かうわけでもなく何処までも、もし時間と胃袋さえ許してくれるのならばそのまま海の向こうまでだって歩いていけたかも知れない。  しかし、その夢も赤い物理的な制約を受けないわけには行かなかった。何処にでもあるような歩き慣れた交差点。爛々と赤く輝く歩行者用信号機。何時もならこのように車の通っていない赤信号なんか無視して渡りきってしまうだろう。  事実、僕は渡ろうとした。  その時だった。真っ赤に光る赤信号の他、はっきりとした赤い光をもう一つ足元に見つけたんだ。     
1/10

最初のコメントを投稿しよう!