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この傘は、捨てられなかった。
「マイバウム、っていうのは、五月の木、という意味だったんだよな」
不意に降ってきた声にわたしは飛び上がるほど驚いた。わたしが十二年もの間、忘れる事のできなかった、その声だった。
傘で上は見えないけれど、足元を見ればわたしの黒いパンプスの横にグリーンがアクセントになった白いスニーカーが見える。傘を、少しだけずらして恐る恐る上を見上げたわたしの目に移り込んだのは、十三年前のあの日の面影を残した青年だった。
「傘、大事に持っていてくれたんだな、ありがとう」
金魚みたいに、思わず口をパクパクさせてしまった。ついつい指を指してしまう。彼はそんなわたしを見て、クシャッと笑った。
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