ビアホール〝マイスター〟1

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 ここはビアホールで、明るく朗らかに呑める雰囲気が求められている。いくら、好きなプログラムで通してもいいよ、って言われたって、本当に好きな曲で押し通してはダメなのだ。  ここは、わたしのオンステージではないから。  でも、留学どころか、ピアニストになる為に頑張って入った芸大まで、中途でリタイヤせざるを得なかったわたしは、こうしてピアノを弾ける場所がある事に感謝しなければいけない。  わたしは、ピアノを生業に生きていたい、自分はピアニストなの、というプライドだけは捨てられなかった。  生活するためには稼がなければいけなかったのに、音楽以外の仕事をしてしまったら気持ちが切れてしまうから出来ない、そんなギリギリのプライドを保つ為の気概だけがわたしを支えていたように思う。  けれど、ちゃんとした経歴、肩書を持たない半端者に世間は冷たかった。
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