ビアホール〝マイスター〟2

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 某大手商社の海外駐在員として長くドイツに住んでいたという店長サンは、こだわりの地ビールを揃えてお客を迎える。お店はいつも、ビール好きのお客さんで賑わっていた。  常連さんの中には札幌在住のドイツ人もいて、アルコールが入って気分が良くなれば、故郷の歌も歌いたくなる、というもの。そんなお客さんの為にわたしのレパートリーはドイツ民謡から流行り歌まで広がった。  いくらピアノを弾ける場所、とは言っても辛抱の数年だった。今夜みたいに『好きな曲を弾いてもいいよ』って店長サンが言ってくれるようになったのは、ここでピアノを弾くようになって十年経った、ほんの最近のことだ。  わたしのピアノを聴きに来てくれる人がポツリポツリと現れるようになった。新しい仕事に繋がる出会いは中々生まれなかったけれど、ある〝出会い〟はあった。端的に言えば〝幸せの形〟の一つともいわれる〝永久就職〟に繋がる出会いになる ――筈だった。ならなかったから、今もこうしてここでピアノを弾き続けているのだけれど。
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