奇妙な男

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『康隆さん、お姉ちゃんのお水、変えといたから。朝ごはんはチンして食べてね。』 セーラー服のスカーフを整えながら声をかけた。 『おはよう、なっちゃん。 ありがとう。 もう行くの?随分早いね。』 康隆さんは寝癖のついた頭のまま、爽やかな笑顔で聞いてきた。 『電車、混むの嫌なんだ。じゃあ、行ってきます。』 『うん。行ってらっしゃい。気を付けて』 康隆さんを見ることなく、ドアを閉じた。 由井康隆さんは大手化粧品メーカー勤務のエリートサラリーマン。歳は30歳。 眼鏡のよく似合う、中性的な顔立ち。 そして、姉の婚約者………だった。 姉の小春は1年前に自殺した。 享年27歳。 ノーブレーキで山道の壁に突っ込んだ。 隣には同乗者の男性が居て、重症だったが助かった。 姉は即死。 表向きは事故死だが、お通夜の席ではヒソヒソと浮気相手と心中じゃないかと囁かれた。 警察の聴取も、葬儀の手配も全て康隆さんがやってくれたので詳しいことは分からない。 両親が他界していた私と姉は姉の婚約と同時に康隆さんの部屋で共同生活をしていたが 姉の死後も康隆さんは私を追い出したりしなかった。 『なっちゃんは何も悪くないし、本当の妹みたいに思ってるから出ていかなくていいんだよ』 康隆さんはそう言ってくれたけど、私は今でも引っ越す部屋を探している。 姉が死んだことによって、バランスがおかしくなったんだと思う。 姉の婚約者から、なんの繋がりのない男の人に変わった康隆さんをお兄ちゃんだなんて思えなかった。 康隆さんと家に居ると、とても息が詰まる。
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