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―――本気でそんなことを思うくらい、そこにはリアルに写し取られたグラウンドの光景が描き込まれていた。ボロボロのバスケットゴールを囲むバスケ部、ゴール前で円になってミーティングをしているフットサル部、そして、掠れた白いラインパウダーに沿って走る私の真剣な横顔。いつのことを描いたのかわからない、ありふれた、ありのままの練習風景が繊細な線になって、色付いている。
キャンバスの真下に貼り付けられてる紙には「タイトル:切磋琢磨」とあった。
「この学校はもうなくなっちゃうから、僕なりの視点で何か残せないかって考えて、この窓の向こうに広がる景色を描いてみたんだ…ここにいると色々なものが見えてきて、すごく楽しいんだよ」
彼はそう言ってグラウンドを指した。でも私は、絵から目を離せなかった。
土の色の濃淡や、私たち一人一人の表情、影の有無、他にもたくさんの作田くんの“気付き”が、ここには刻み込まれている。絵の中の私の顔は小指の爪くらいの大きさだけれど、唇をきゅっと持ち上げて、きらきらした目で遠くを見つめている―――そうか、彼には私がこんな風に見えているんだ。
私は美術がからっきしで、技術はよくわからない。わからないけど、理屈じゃなくすごいと思うし、何より、とても好きだと感じる絵だ。美術の教科書に載っている、有名な画家が描いた絵より、ずっと好き。
作田くんの頑張りを、できるだけ大勢の人に見てもらいたい。こんなにすごいものを、彼が1人きりで作り上げたということを私だけしか知らないんじゃ、もったいない。
「ねえ作田くん。この絵、コンクールに出してみたら? すごく上手く描けてるから、たくさんの人に見てもらうべきだと思うし…それに、せっかくだから作田くんも“引退試合”した方がいいんじゃないかなって」
「うん…確かにこの絵は、卒業制作として県主催の秋の絵画コンクールに出そうって考えて描き始めたものだったんだけど、やめたんだ」
「えっ、なんで!?」
「コンクールには、後から構図が浮かんだこっちを出したいからさ」
もう1枚のキャンバスが不意にひっくり返された―――作品タイトルは「純白」。
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