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 厳密に言うと、僕ははっきりと飛び降りようとしていたわけではない。ただ、屋上から雲を伝って、あの橋へ飛びうつり、ここではないどこかへ行けないのか、試そうと思っていただけだ。まあ結果はわかっていることだけれど。 「僕は、その、別に死のうとしていたわけではないんだ。ただ、飛べたらいいなと思っただけで」 と僕が一応言い訳すると、「あっそ。どうでもいいけど」と安西は軽く流してくれたのだった。  それから日が暮れるまで、ずっと星座のことを話した。安西は星座にまつわる神話について、実に色々と知っていた。僕はその一つ一つを想像した。今まで僕の貧しい想像力でイメージした物語を一つ一つ丁寧に安西の語る幸せなファンタジーへと上書きする作業は、なかなか楽しかった。あっと言う間に時間が過ぎた。  その夜、僕は夜空に浮かぶスカイブリッジの無数の点灯する光を見ながら、彼女が語った星座にまつわる神話の登場人物の姿、形を思い浮かべた。家の中に漂う空気が全く気にならなかった。むしろ、僕はふと安西に聞いてみたくなった。泰介さんと哲さんの関係について。安西なら、どんな想像をするのだろう。泰介さんと哲さんの間にどんな物語があると言い出すのだろう。  僕はいつしか眠りに落ちた。熟睡する、というのはこういうことを言うのかと初めて思った。 「ホモの子」  ちょうど校庭の銀杏の葉が黄色く色づき始めたある朝、僕が教室に入っていくと、誰かが言った。僕は最初、それが僕に向けられた言葉なのだとは思わなかった。 「キモい」 「転校生でタワーマンションに暮らしてるって、何かおかしいと思ってたんだよね」  その言葉でようやく僕は、どうも皆がひそひそと話していることが僕のことらしいということを理解した。周囲を見渡すと、皆がさっと視線を逸らした。一人だけ、視線を逸らさない男子がいた。いつもクラスを仕切っている背の高い村上という男だった。 「なあ、教えてくれよ。お前の母ちゃんって、男なの?」 と村上は僕に近づいてきて言った。村上といつも一緒にいるグループの男子達が後ろで笑っていた。 「あのタワーマンションで一緒に暮らしてるの、二人とも男の人なんだろ?いくら金持ちの仲間入りができるからって、ホモを親にするなんて、気持ち悪いと思わねえのかよ、お前」 と村上は僕の顔を覗き込み、さらに、 「ああ、そうか。お前もそっち系か。なら納得だわ」
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