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   2  もう一人の僕の親である泰介さんは、親というより、僕にとってただただカッコいい憧れの人だったような気がする。あの出来事の前までは。  学校帰りに僕が安西の家に立ち寄るという習慣は、四年生になっても変わらなかった。ただ四年生になった僕たちの遊びは、少しだけ高度になった。天体望遠鏡で、実際に夜空に浮かぶ星を観察するのが日課になったのである。その望遠鏡は僕が前の年のクリスマスにねだって、泰介さんと選びに行き、買ってもらったものだった。  望遠鏡で見てみると、肉眼では見えなかった星がよく見えた。それでも、安西の持っている星空の本に載っているものの半分も見えなかった。 「東京の空は、明るすぎるのよね」 と安西は文句を言った。 「見えてる星から、見えない星の位置を想像すればいいんだよ。安西は、想像するの、得意だろ?」 「何か馬鹿にしてない?」 「してないよ。むしろ、安西の想像力を尊敬してるけど?」 この頃、僕は、僕の言い方は、安西を苛々させることが多くなっていた。原因は僕にあった。僕は安西のことが好きなのだと自覚していたが、それを素直に彼女に対して表せなかったのだ。  僕は自分の気持ちを誤魔化すように、望遠鏡を覗き込んだ。見えないけれど、そこにあるはずの星。果てしない数ある光の玉は、僕にとってはその数だけ幸せに繋がる可能性に思えた。   ピンポーン。そんな時、玄関のドアホーンが鳴ったのだった。  僕がその音に驚いて望遠鏡から離れ、安西を見ると、先ほどまでの活発な女の子はどこかへ消えてしまい、安西は眉間にしわを寄せて黙りこくってしまっていた。そんな安西を見たのは初めてだった。 「舞香、いるんだろ?お父さんだ、開けてくれないか?」 と言う声がドアの外側から聞こえてきた。  安西の表情がぱっと和らいだ。  そういえば。僕は安西のお父さんにも、お母さんにも会ったことはなかった。いつも、安西は家に一人でいた。  安西は、玄関へ走って行った。僕がいることは忘れてしまっているかのようだった。 「僕、帰るね」
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