0人が本棚に入れています
本棚に追加
圭が同じマンションに引っ越して来てくれて、私は毎日が楽しくなりました。圭、いつも私の星座の話を楽しそうに聞いてくれてありがとう。
今度行く所は、ここと違ってたくさん星が見えるらしいです。今までは見えなかった星を見て、今まで以上にたくさんの物語を空想できるのが楽しみです。圭、アンタには特別に、いつかそれを聞かせてあげる。楽しみにしておいて。
じゃあ、元気で。
舞香より
「何だよ、これ」
行き先もわからないのに、どうやって、また安西の想像した物語を聞けるというのか。どうしたらまた会えるというのか。
もう学校に戻る気にはなれなかった。僕はエレベーターに乗ると、自分の家の階へ戻った。
家には、哲さんも、泰介さんも出勤した後で誰もいなかった。ただ、静かな空間。時々風が窓に当たって砕ける嘶きのような音が聞こえる。
施設にいた頃は、こんな静けさはどこにもなかった。施設が懐かしい。ウー兄と話したい。無性にそう思った。ウー兄だったら、こんな時どうするだろうか。
僕は、家にあった電話機を使って、まだ覚えていた施設の電話番号をプッシュした。
「もしもし、こちら桜ヶ丘南児童養護施設です」
と言ったのは、施設長だった。
「・・・施設長、僕です。圭です」
と僕が言うと、施設長が受話器の向こうで息を飲んだのがわかった。
「新田君?久しぶり。元気?」
「ウー兄、いますか?話したいことがあって」
「ああ、臼倉君はね・・・」
と施設長は言いにくそうに言葉を繋いだ。
「もうここにはいないの。三月に高校を卒業したからね」
ああ、そうだった。施設には、高校までしか居られないのだ。そう教えられていたことを忘れていた。
「ウー兄と話したいんです。今、どこにいますか?」
「私も知らないの。スミレちゃんと一緒なのはわかってるんだけどね」
ウー兄とも、もう会えない。
受話器を持つ手から力が抜けた。皆、いなくなってしまう。僕を置いて。どこかへ行ってしまう。
追いかけなきゃ。手遅れになる前に。まだ安西には追いつけるかもしれない。そうだ、とにかくあのスカイブリッジが見えないところまで行こう。行けるところまで。まだ彼女はそう遠くまで行っていないはずだ。
最初のコメントを投稿しよう!