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朝食が運ばれてきて、僕は無言で食べた。味はしなかった。そんな僕を、泰介さんは黙って何も言わずに見ていた。食べ終わってしまうと、何もすることはなかった。
ぼんやりと窓の外の桜の花びらが風で一枚、また一枚と落下していくのを見ながら、下膳してもらうのを待っていた。静かだった。落花のスピードがこんなにもゆっくりだと感じたのは初めてだった。大切な人がもうここにはいない、ということはこういうことなのか。そう思った。窓の外から視線を戻した。泰介さんの視線とぶつかった。
泰介さんは立ち上がって僕のそばに来ると、いきなり頬を叩いた。叩かれた所がジンジンした。
「圭、一歩間違えていたら、お前は凍死していたかもしれないんだぞ」
と泰介さんは言った。
「死んだって、よかったんだ。もう、僕なんか。皆、僕を置いていく。もう二度と会えない。僕を産んだ人にも、ウー兄にも、安西にも」
と僕が呟いた瞬間、泰介さんの張り手が再び飛んできた。口の中が切れた。血の味がした。
「死ぬなんて、簡単に言うもんじゃない。お前は死ぬということがどういうことか、わかっていない。いいか、死ぬということは、全ての可能性を棄てるということなんだぞ」
確か、安西も同じようなことを言っていたような気がした。でも、生きていても二度と会えないのなら、それは死んだのと同じじゃないか。
泰介さんは黙った僕に、
「着替えなさい。帰るぞ。途中、お前が迷惑を掛けた人に一緒に謝りに行くから」
と言って、廊下に消えた。
泰介さんが持ってきてくれた着替えに着替えている最中も、口の中には血の味が広がってくる。不思議だった。先ほど食べた朝食はどれも味がしなかったのに、この血だけは、味がする。生ぬるい砂のようなひたすらまずい味。
のろのろとした動作で僕は泰介さんの運転する車に乗った。歩道に積もっていたはずの桜の花びらは、風でどこかへ運ばれてしまったのか、ほとんど残っていなかった。
少し走ると、川原に出た。昨日の川原だった。
「安西さんのことだけどな」
と運転しながら、泰介さんは話し出した。
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