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「安西さんのお父さんの経営していた会社が倒産したんだ。借金も相当あったらしく、ずいぶん陰湿な借金の取り立てがあったみたいでな。だから安西さんのお父さんは、あのマンションには誰も住んでいないように見せて、自分だけ違う場所に住むことにした。自分の所にだけ、そういう人が来るように仕向けるために。でもそうはならなかったんだろう。実際は奥さんと娘さんはあの部屋に暮らし続けていることがバレてしまった。だから借金取りにばれないように、誰にも言わずに突然夜中に、この街を出て行くことにしたんだろう」  泰介さんは川原の土手下に車を寄せると、そこでエンジンを切った。 「一つ言っておく」 と泰介さんは車を降りる前に、座ったまま言った。 「お前は、皆、自分を置いていってしまうと言ったな?でも、お前は間違っている」 「・・・」 「お前を産んだ人というのは、お前もよく知っている人だ」 「え?・・・よく知っている人?」 「わからないなら、それでいい」  泰介さんはそれ以上、もう話さなかった。泰介さんが車を降りて土手に上がっていったので、混乱したまま、僕もそれに続いた。 「ああ、これはどうも」 と挨拶をする声が聞こえた。泰介さんも「昨日はご面倒をおかけしました」と応じている。土手を登りきると、交番のお巡りさんが泰介さんと話していた。 「もう大丈夫なんですか?」 「ええ。この通り元気です」 「それはよかった。で、今日はどうされたんですか?こんな場所に何か?」 「いや、昨日圭のことを交番に知らせてくださった方にお礼をと思いまして」  泰介さんはお巡りさんにそう言った後、僕に向き直って、 「河川敷で小学生の男の子が眠っているとこの近くの交番に知らせてくれた方がいたんだ。それでお前を保護することができたんだぞ」 と説明した。  きっと、あの人だ。僕は思い出していた。僕と同じ、僕の鏡のようなギラギラした目をした人。 「ああ、そうだったんですね。それはご丁寧なことで」 とお巡りさんは言ったが、何だか言いにくそうに顔を曇らせた。 「何かあったんですか?」 「いや、実はですね、あのホームレス、亡くなったんですよ。早朝この辺りをランニングしている人からの通報で、駆けつけた時にはもう。先ほど役所の方に遺体を引き取ってもらって、そのまま火葬場に直行したから、ちょうど荼毘に付した頃だと思います」 「…そうだったんですか」
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