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「これからその方の暮らしていた場所の片づけの手伝いに行くところなんですよ。よかったな、君。きっと君のことを通報してくれた後で」  お巡りさんは、そう言って笑った。 「俺たちも、手伝いに行こう」 と泰介さんは言い、お巡りさんに続いた。  昨日あの人を見かけた場所は、もうほとんど片付いていた。先に着いていた市の職員の人達と他の若いお巡りさんがいた。昨日の夕方とは違って、日差しが当たると、少しは温かく感じられた。 「おう、もうだいぶ片付いたな」 「はい。でも、これ、どうしましょう」 と若いお巡りさんが、薄汚れて茶色っぽく変色した小さな箱を差し出した。中を開けると、ハート型の小さな赤い石の付いた指輪が入っていた。 「別れた娘さんにあげるつもりだったんじゃないか。ここは川風も海風も、何も遮るものがないから結構寒いのに、星が見えるから、ここにいるって、あの人、言い張ってたから」 「星ですか?」 「ああ。もしも別れた奥さんか娘さんに連絡が付いたら、一緒に渡してやれ」 「わかりました」  お巡りさん達のそんな話を聞きながら、僕は昨日見た赤みを帯びた星のことを思い出していた。決して明るく光る星ではなかったけれど、あの人にとって、それは何よりも輝く光だったのかもしれない。ぎらつくあの目。あの人には会いたい人がいた。その人にもう一度会える日のために、残り少ない命を燃やしていたのだ、きっと。 「今、口の中、どんな味がする?さっき、口の中、切れただろ」 と泰介さんがふと僕に言った。  まずい、血の味。何だか気持ちの悪くて吐きそうな感じの。 「不味いだろう。気持ち悪いだろう。それが、痛みの味だ。それも正真正銘、生きている証の味だ」  僕は、自分の傷口を自分の舌で触ってみた。触ると、滲みる。身体に走る鋭い感覚もある。でも。  痛みがあるから、ぬくもりを感じる。泣きたいほどの辛さがあるから、空も飛べるくらいの幸せを感じられる。 「ここで凍死するくらいなら、娘さんに会うためにできることは他にもあったんじゃないかと思ってしまいますけど」 「どうだろう、何とも言えないなあ。想いが強いから、できないこともあるさ」
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