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とお巡りさん達が話を続けていた。泰介さんが、僕の頭をそっと何度も撫でた。その掌の重さは本当に確かな重量感とぬくもりがあって、毎日毎日星を見ながら一人で暮らしていたあの人には、こんな感触をくれる人はいたのだろうか、とふと思った。星を見て、大切な人を想像し、その人と一緒にいるぬくもりを想像し、それで身体を温めて、眠りにつく。そういう生活。あの人は、そういう幸せを選んだのだ。  自分が愛されたいと思っている相手が、必ずしも自分を愛してくれるとは限らない。お互いに愛し合っていても、それがお互いを傷つけるだけのこともあるのかもしれない。でも、自分が愛されたいと思っている人からの愛情じゃなくても、自分が気付いていなくても、自分を愛してくれる人はいる。そばにいなくても、自分を愛してくれている人もいる。施設にいた頃は無意識に知っていたそのことを、いつしか僕は忘れていた。  そして、今日と同じ明日が、必ずあるとは限らない。今日会えた人と明日も会えるとは限らない。それならばなお、今自分を愛してくれる人を、愛してくれる今を、大事にしなくてはいけない。  それは、今の僕にとっては、例えば泰介さんだし、哲さんなのだ。 「帰ろうか」 と泰介さんは言って、お巡りさん達に挨拶をすると、僕の手を引いて河原の堤防沿いのもときた道を歩いた。川風には温かさを感じた。川原の草の匂いがその中に混ざっていた。  僕のこの手を包む大きな手。  僕は泰介さんの横顔を盗み見た。泰介さんの表情からは何も読みとれなかった。蛇行する道に沿って歩いていて、いつの間にか風が向かい風になっていた。それでも泰介さんは、正面だけを向いて、ただ淡々と歩を進めた。ただひたすら堂々としていた。それを今まではただカッコいいと思っていた。憧れていた。  でも今は、それがカッコいいと思った理由が明確にわかる。そう、それはきっと覚悟なのだ。哲さんと僕と三人で家族になるという覚悟。そういう覚悟に裏付けされた泰介さんの振る舞いが、日常が、生き方だから、きっとカッコいいのだ。  泰介さんの真似をして背筋を伸ばして歩き始めた僕を、泰介さんは笑った。その笑顔を見て、僕はふと、この笑顔と同じ種類の笑顔を向けてくれた人のことを思い出した。哲さんと一緒に、施設を出ることになったあの日。哲さんが描いてくれた絵を見て笑う僕を見ていたあの顔。
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