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哲さんはすっかり憔悴しきっていて、いつもきちんと結んでいる髪もバサバサのまま、瞼が腫れていて、細めの目がより一層細く見えた。
そして一夜明けた頃から、哲さんは奇妙な行動を取り始めた。
家の外に出て、ただスマートフォンを握り、手帳を広げて立ち尽くす。誰かに連絡をしようとしているのは確かだ。その手帳は泰介さんの手帳だった。でも結局そこに書かれている連絡先に電話はしないで戻ってくる。そんなことを一日のうちに何度も繰り返しているのだ。
さらにその次の日からだった。家に必ず毎日一度、ドライアイスの塊が配達されるようになったのは。家のベッドに寝かされた泰介さんの遺体の、頭の下、胸の上、腹部、両脇、太股の下、両脚の間、足首の下にそれは毎日設置され、交換されていく。
「お葬式は?いつになるの?」
と僕は一週間が経った頃、哲さんに聞いた。哲さんは「火葬場がいっぱいで予定が立たないんだよ」と歯切れ悪く説明した。哲さんの顔色は冴えなかった。
哲さんは、泰介さんのお葬式をするつもりがないのだ。でも、なぜ?
さらにもう一週間が経った。お世話になっていた訪問看護ステーションの人が契約終了の契約書とその月のサービス代金の請求書を持って、家にやって来た。玄関先で、哲さんはその人を応対したが、その時に何か訪問看護ステーションの人は異変を感じたのだろう。
次の日の朝は、日曜日だった。インターフォンが鳴った。僕が出て行くと、黒いスーツを来た男の人が二人、立っていた。
「警察です。新田哲さんは、いるかな?」
とそのうちの若い方の一人が言った。
どうして、警察官が来るのか。そう黙ったまま目で問いかけた僕に、その人は説明を始めた。
「立花泰介さんが少し前に死亡したそうだね」
「はい」
「ここに通っていた訪問看護ステーションから通報があった。在宅で亡くなったらしいが、医師の資格がある者の確認は受けていないとか」
「・・・え?」
「更に、今もこの家に遺体があるようだ、とも」
僕は混乱した。何も言えなかった。奥から哲さんがやって来た。哲さんに対してもう一人の中年の警察官が、「あなたが新田哲さんですね?」と確認した。
「保護責任者遺棄致死罪及び死体遺棄罪の疑いで少しお話、伺えますか?」
哲さんは黙ったまま、促されるままに警察官に付いて出て行く。
「哲さん?」
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