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と僕は哲さんの腕を掴んだが、哲さんは僕の方をもう見なかった。僕は仕方なく哲さんの腕を離した。
哲さんとは別の車に乗せられ、僕も警察に話を聞かれた。しかし、泰介さんが息を引き取るその瞬間には僕も立ち会っておらず、僕の話を聞いても、哲さんの容疑は晴れないようだった。
「立花泰介さんのご遺体だけど、早く火葬にしてあげないと、傷むばっかりだからねえ。ご家族の元に返そう、な?」
と先ほどの中年の方の警察官が僕に言った。
僕は言っている意味がわからなかった。泰介さんの家族は、僕らのはずだった。
「立花泰介さんの奥さんと娘さんのことだよ。別居中だったようだけどね」
ああ、そういうことか。僕は哲さんが見ていた泰介さんの手帳にあった二つの名前を思い出した。
「ご家族へご遺体を返せば、新田さんも家に帰ってもらえるんだけどねえ」
「・・・そうなんですか?」
僕は食いついた。
「ああ。保護責任者遺棄致死罪については、在宅医療の主治医の用賀先生から死亡診断書を提出してもらえることになったし、死体遺棄罪についても遺体をご家族の元に返せば、火葬にできるわけだからねえ」
言いたいことはたくさんあった。でも、哲さんが家に戻って来られるのなら、それでいい。
「哲さんと一度、話をさせてもらえませんか」
と僕が頼むと、警察はあっさりOKしてくれた。
取調室の前の廊下の椅子に、僕と哲さんは並んで座った。哲さんは相変わらず僕を見なかった。
「哲さん、泰介さんを奥さんと娘さんの所へ返そう」
と僕は単刀直入に言った。
「そうすれば、哲さんは帰れるって」
「・・・帰れなくて構わないよ、自分は」
哲さんが言った。
「だっておかしいじゃないか。僕たちが泰介さんの家族なのに。籍が入っていないからって、どうして向こうへ返さないといけないのさ?どうして僕たちの元に遺ってもらえないのさ?」
「・・・」
「籍なんか、どうでもいいと思ってた。一緒に暮らせればそれでいいって。でも火葬にするのに必要な埋葬許可証だって、僕じゃ取れないんだよ。火葬にするには、向こうへ返さないといけないんだ。これから先、向こうには泰介さんのお骨がある。死んだら一緒のお墓には入れる。でも、僕の元には何も遺らない。そんなの耐えられない。だったら、遺体のまま僕の手元に置いておくしかないじゃないか」
なるほど、哲さんの奇行には、そんな理由があったのか。でも―。
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