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「お骨がないと、一緒のお墓に入れないと、哲さんはもう泰介さんには会えないの?会えないと思ってるの?哲さんは、自分と向こうとを比べて、向こうを羨んでいるだけだよね?誰かと比べなきゃ自分の幸せを実感できないなんて、泰介さんが生きていたら、がっかりするだろうな」 と僕は一気にまくしたてるように言った。 哲さんが真っ直ぐに僕を見た。そして、ふっと笑った。 「そうかもしれないね。泰介さんから言われたことがあったんだ。哲は強いなって。他人の目を気にせずに、自分の気持ちに真っ直ぐでいられるんだからって」  哲さんの瞳が潤んできた。そういえば、哲さんは泰介さんが亡くなってから、まだ泣いていなかったような気がする。 「仕事絡みで泰介さんと出会ったんだ。泰介さんの建築デザインは、とにかくすごくて、迫力があって、なんて言うか、エネルギーを感じた。尊敬が恋愛感情になって、それを打ち明けたけど、断られたんだ、最初は。でも、バブルがはじけて、泰介さんのデザインはコストが掛かりすぎるから、どこにも取り上げられなくなってしまった。それと同時期に、泰介さんは肺ガンだとわかった。それで、どうせ死ぬなら、自分に正直になりたいって泰介さん、言ったんだ。でも自分は我が儘で欲張りだから、娘のことが大切だ、だから自分が死んだら向こうへ帰してくれって。それが一緒に暮らす条件だって言われてね」  哲さんの目から、涙が一滴落ちた。一滴落ちるとそれは後から後から溢れて、止まらなくなった。 「そんなに子供っていいものなんだ、それなら僕も大事な人と一緒に育ててみたいと思った。だから、圭君を引き取った。ガンの再発がわかった時に、泰介さんに言われたよ。お前に遺したいものは、全て圭君の中に仕込んでおいたから大丈夫だって。その通りだな」  哲さんが僕の頬に触れた。僕もその手の上に自分の手を重ねた。  この手。哲さんが施設に迎えに来た時に描いてくれた、この手。僕の手と泰介さんの手。あの時よりも、小さくなった哲さんの手。逆に大きくなった僕の手。 「ねえ、帰ったらまた、施設に迎えに来てくれたあの日みたいに、絵を描いてよ。哲さんと僕と泰介さんの三人の手の絵。あの日の手じゃないよ、今の僕らのだよ?」 と僕が言うと、哲さんは「それは想像力が試されるね」と言ってまた笑った。 「でも、やってやろうじゃない」
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