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「仕事は、デザイン事務所をやっています。お店のインテリアとか、そういうのを考える仕事です」
と哲さんは答えた。
「ちょっと待っててもらえますか」
とウー兄が娯楽室の方に消えていった。
「すみませんね。あの子。悪い子じゃないんです。あの子、圭君と同じ乳児院の出身で、圭君のことをすごく可愛がっていたから。大目に見てやってもらえませんか」
と施設長が哲さんに謝った。哲さんが施設長に何か言うより先にウー兄が戻ってきた。ウー兄は、スケッチブックと鉛筆と消しゴムがゴロゴロ入った缶のケースを持ってきて、哲さんに差し出した。
「デザイナーなら、絵を描くのが得意なんですよね?試しに、圭のことを描いてみてください。簡単でいいです」
奥からスミレさんが騒動を聞きつけてやって来た。スミレさんというのは、ウー兄が一番信頼している職員さんで、ウー兄いわく、ウー兄の「恋人」だ。その時の僕は、恋人というのがどういう関係性を意味しているのか、全くわかっていなかったのだけど。
スミレさんはいったん応接室の前で足を止めたが、哲さんが固まっているのを見ると、そのまま入ってきて、ウー兄を止めようとした。
その時だった。
「君に認めてもらえないと、僕は圭君とは一緒に住めないってことだね?」
と哲さんはウー兄からスケッチブックと缶を受け取ったのだった。
それから哲さんは、応接室の椅子に座り、缶のペンケースから鉛筆を一本選ぶと猛然と鉛筆を動かし始めた。
一体何を描くのか。確か、ウー兄は僕を描いてみろ、と言ったのではなかったか。
スケッチブックに描かれたものは、どう見ても人の顔ではなかった。ただ間もなく、それが何なのかがわかってきた。
骨張った、小さくて細い指。卵型の爪。中指が少しだけ斜めになっている。
それは、僕の手だった。そして、その上に少し重なるように長めの指を持つ手と血管が浮き出た肉付きのいい手の二つの大人の手を描いた。
すごい、と素直に思った。
「できたよ」
哲さんが鉛筆をテーブルに置いた。あっという間に、まるでスケッチブックから生きている手が出てくるような絵が完成したのだった。
ウー兄は、そのスケッチブックを取り上げて、穴の開くほど哲さんの描いた絵を眺めた。そして、ようやく、
「・・・すげえ」
と言った。それは、ウー兄が哲さんを認めたということだ。
「君にも描けるよ」
「俺、絵は全然ダメで」
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