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「そんなことない。絵は気持ちで描くものだから。技術は後からどうとでもなるし」 「気持ちで描く?」 「そう。その絵で何かを伝えたい。そういう気持ちがないとダメなんだ。君は伝えたい気持ちを持っている。だから君にも描けるよ」  ウー兄は少し嬉しそうに、唇の端だけを上げて笑った。  僕にも哲さんの言っていることが何だかわかる気がした。そして、同時にこの人となら、僕は一緒に暮らしてもいいように思った。 「もう一人の、この手は、誰の手ですか?」  僕は肉付きのいい手の方を指さして聞いた。哲さんはいたずらっぽく笑って、 「僕が一生賭けて愛そうと決めた人の手」 と言ったのだった。  ウー兄は、 「圭、いい子にしなきゃ、ダメだぞ」 と言って僕の頭を撫でた。それは先ほどまでとは別人のように優しい、いつものウー兄だった。ふと視線を感じて見やると、スミレさんも僕を見て、微笑んでいた。  施設から哲さんの家に行くのには車で半日以上かかり、着いたのは夜だった。車の中で寝てしまった僕は、お腹が空いて目が覚めた。目の前には白いライトがキラキラ点滅している大きな橋があった。橋は真っ黒の空間の上にぽっかり浮かんでいた。 「さあ、着いたよ」 と哲さんが言って、僕のランドセルを抱えたまま車を降り、エレベーターに向かった。僕は目の前にある大きなマンションを前に足がすくんだ。大きすぎて、マンションの屋上が見えないくらいだった。僕はこのマンションはひょっとすると、さっきの橋に繋がっていて、そのまま橋を渡れば僕は今までの世界とは全く違う、キラキラした世界につながっているように思えて、自然と興奮で胸がドキドキした。  エレベーターに乗ると、途中で頭がギュっと押さえつけられるような感覚に襲われて、それにもうこれ以上耐えられないと思う頃、今度は足先から床の上にふわりと浮くような感覚が訪れ「一体何なんだ、これは。やっぱりあの橋へ向かうにはどこかで空中浮遊する必要があるのか」なんてことを考えていると、ポーンという音がして、エレベーターの扉が開いた。  哲さんは、自分の部屋の前に着くと、インターフォンを押した。程なくドアが開いて顔を出したのは、哲さんよりかなり年上の男性だった。 「待っていたよ。よく来たね。お腹は空いているかい?ご飯、炊けているよ」 とその人は、僕に笑顔を浮かべて言った。
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