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 部屋の奥に進むと彼女は、広いリビングの窓からスカイブリッジを指さしていた。 「もう少し夕方になって港に入って来る船の明かりも見えるようになると、アンドロメダ座みたいに見えるの」 「アンドロメダ座?」 「星座よ。秋に空に見える星座。まあ、都会は夜も明るいから、星座なんてほとんど見えないんだけどね。でも本物の星座よりも綺麗なスカイブリッジみたいなものが見られるんだから、文句を言ったらいけないわ」  僕は星座なんて全くわからなかった。それでも、彼女を夢中にさせる程のものならば、僕にも少し興味が湧いてきた。 「どんな星座?」 「椅子に縛られている女性の姿をしている星座」  僕は驚いて、安西の横顔を思わず見て、 「そんな姿が見えるの?」 と聞いた。 「見えないわよ」 と彼女は即答した。 「見えるわけないでしょ、想像するのよ」 「想像?」 「そう。同じものを見て、何を想像するかは、その人の自由でしょ?ねえ、誰にも邪魔されずに、何でも自由に想像できるのよ。素敵じゃない?こんな素敵で楽しいこと、他の遊びにはないわよ」  彼女の話には、妙に説得力があった。確かに何かを見て、それで何を連想するか。どう考えるか。それはその人次第。例えば月を見て、僕は居場所を奪う魔物のように思うけど、それも僕の想像の産物に過ぎない。彼女が同じ月を見たら、何を想像するのか。 「アンドロメダ座にまつわる神話はね、美しい娘を持った王がそれを自慢して神の怒りを買い、結果その娘を生け贄として差し出すことになるの、海の大蛇に。生け贄になった娘というのがアンドロメダ」  僕は想像した。肌が白く、長い髪を胸まで垂らした彫りの深い顔つきの少女が、椅子に縛られて泣いている図を。 「娘はね、海に面した崖の上に置かれた鉄製の椅子に縛られていても、決して恐怖の顔を浮かべないの。自分のことを運が悪いなんて、決して思わないの」 「どうして?」 と僕は思わず尋ねた。 「だって、信じているから。必ず誰かが助けに来てくれるはずだって。助かると決まっているから生け贄になったのだと、彼女は知っていた」 「誰も助けに来てくれないかもしれない」 「じゃあ助けてもらえるかもしれない可能性を完全に捨てちゃうわけ?誰かさんみたいに、屋上から飛び降りてさ」  彼女にはわかっていたのだ。屋上まで行って、僕が一体何をしようかと思っていたかを。
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