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月と太陽
『満足したかい? あんたの人生に。アンドレアス先生』
南プロイセンの黒い森の中。
私の肩を抱き、男が左耳に酒臭い息を吹きかける。私は直立してその言葉を聞いていた。
かさかさ、と後ろで枯葉が動く音がするのは森に住むビーバーかハリネズミなどの小動物だろう。
隣に立つ彼とは先ほど宿屋でハムとチーズとビールを交わした仲だ。その後、彼は私をこの山道まで連れ出した陽気な酔っ払い男である。
彼の正体は。
死神だ。
『マリエッタはあんたのことをずっと待っていたぜ。早く、行ってやんな』
私は彼の言葉が指す眼前の谷を見下ろした。
ねじくれた木の根の向こう側には、あの時と同じようにぼんやりとした細い三日月がかかり、星がひとつじんわりと灯っている。
ありふれたプロイセンの夕暮れだ。
だがあのときの空色とは違う。同じ空でも、今宵はなんと不気味な色をしているのか。
私は十五年前のことを思い出した。
* * *
「神様が赤ちゃんを授けてくださったの」
薔薇のように上気した?で、隣に立つ女は私に告げた。
私はその言葉を直立して聞いていた。
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