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タカは杖を振り上げて、冗談めかし夜の海へと叫んだ。円い月が昇り、海面は眩しいくらいに光を反射している。ざざあ、と波は静かな浜辺に寄せては返し、潮風はあたりが柔らかく、気持ちの良い夜であった。
この海は南のラバウルへも続いている。
昭和18年。
ダンピール海峡でタカは艦から海へと投げ出され、鮫に片脚をくれてやったのだった。
「タカちゃんはご立派に勤めを果たしたわね」
ミワが風に消えるかのようなか細い声で応えた。
「なんでえ。わざとらしいこと言うじゃねえか」
振り返り、タカは幼馴染の女を見下ろす。
海風にあぶられ、女の後ろでまとめた髪がほつれ耳元で揺れている。月光の下で女の美しさは冴えわたり、ぞくりとくるほどである。
女の大きな瞳は濡れたように輝き、その顔は白い花が闇に咲いたようで、口元は微笑していた。
「本当のことよ。タカちゃんは命がけでお国のために戦ったのだもの」
「俺は帰ってきたんだ。本当の英雄は帰って来ねえ奴らだよ。申し訳ねえ」
『ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア』と、タカは謡った。
「それでもよ。私は夫の忘れ形見でさえ守れなかったわ」
ミワの二人の子のうち一人は身体が弱く、折角終戦まで生きのびたのに餓死同然の栄養不良で死んだという。
「下の子がまだ居るじゃねえか。お前は立派だよ」
「あの子は誰の子か分かんないわ」
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