小説の食事シーンほど需要の無いものは無い

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小説の食事シーンほど需要の無いものは無い

『安藤林斗編』 僕は慣れた手つきでオムレツを作り、(あらかじ)め作っておいたケチャップライスを包む。僕の得意な手料理、名付けるなら[ただのオムライス]。 「…何馬鹿な事考えてるんだろう僕」 この動揺…訂正しよう。この無駄な考え事の原因は、紛れもなく悠先輩の言っていた、林という言葉。あのあとがどう続いているのかが気になってしまっているのだ。 「帰ったぞー」 考え事をしていると、玄関の方から男の声が聞こえる。お父さんが帰ってきたのだ。お父さんが帰ってくると、大抵セットでお母さんも一緒になっている。今日もそうだと思う。 「おかえりー!今日のご飯はオムライスだよー!」 僕はキッチンから大きな声で言うと、お母さんがドタドタ走って来た。 「オムライス!林斗ちゃんありがとね~!あら、髪切った?可愛いじゃない!」 そう言って僕を後ろからハグする。オムライスを作るたびに起きる、いわば日常茶飯事だ。そうと言わずしてなんと言う! 「…そうだ、僕髪切った後よく確認してなかったから、今どんな感じか覚えてないんだよね。どんな感じ?」 聞くと、お父さんとお母さんが同時に答えた。 『髪型は…女の子っぽいな(わ)』 そう聞いた瞬間に僕さちゃっちゃとオムライスを皿に盛って洗面台の鏡を見に行く。そこには… 「ほわあ、本当に女の子だぁ」 髪は長く、ギリギリショートカットの範囲に入る程度で、頭から小さくアホ毛が二本生えている。僕の顔にとても似合った髪型なのは分かるが、声を聞いても男女区別がつかないだろう。僕の声は、目を隠した状態で聞いたら女の子そのものの声なのだから。 「っ、なんでこおなってんのぉおお!?」 「うるさいよにいちゃん」 思わず叫ぶと、上から下りてきた香里奈が注意してきた。それに構わず、ちょっと声の音量を下げて香里奈に話す。 「いや、だってさぁ、僕のこの髪型、この顔、この声、完全に女の子なんだけどぉ!?」 「知らないよ」 ですよねぇ。と心の中で相槌を打ち、テーブルに座った香里奈を後ろからハグし、香里奈の顔の横に顔を出して話す。 「けどさぁ、なんで言ってくんなかったのぉ?僕完全に女の子っぽいじゃん」 そう言うと、香里奈は立ち上がる。 「ぅぇ…あ…ぅぅ…」 僕の言葉の返事として返ってきたのは、呻き声と、スナップの効いたいいビンタだった。 「ちょっ、危な!」 当然ビンタは香里奈から手を離して避けたのだが。
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