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顔を赤く染め、自分の妙手に酔いしれていた黒の操り手は、再び盤上を見下して素っ頓狂な声をあげたが、それもそうだろう。確かに先ほどの一手は見事だが、それが私がそう仕向けたとあっては形無し。私がわざわざ手駒の騎兵を全て使い切ってまで盤上に仕掛けた大きな落とし穴に、相手はすっかり吸い込まれたことになる。
「30秒、20秒、10秒・・・」
肝心な場面で弓兵を失ったことで大きなディスアドバンテージを背負うこととなった黒の操り手。読み手が秒読みを始めるまでしばらく時が止まったかのように固まっていたが、結局、彼が選んだのは・・・投了だった。
「参り、ました・・・」
白旗が振られことで勝敗が決し、がっくりと項垂れる黒の繰り手を横目に私はそそくさと会場を後にする。軍石の達人は相手の数手先の読んで打ち合うとされるが、私が見ているのはさらにその数十手先。相手が何を考え何を成そうとしているのか?白の王と称されるようになってから三年、私にはそれが手に取るように分かってしまった。
「暇そうじゃの?」
対局を終え、休憩室でタバコをふかしている私に一人の老人が声をかけた。
「ご無沙汰してます。お噂は聞いていましたが、本当に軍石に復帰されたんですね」
声をかけてきたのは元白王。かつて私がその名を襲名するために降した相手だった。
「まぁの。テレビでお前さんの姿を見てからというもの居ても立っても居られなくなってのう」
「ははは。あいも変わらず無敗記録更新中ですよ」
私がつまらなそうに返すと、元白王は鼻で笑った。
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