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その安アパートの薄暗い玄関ホールに足を踏み入れると、腐った野菜を煮詰めたような生活臭が鼻を打った。絶望と倦怠が澱みたいに降り積もっていた。エレベータがないので三階まで階段を上らなければならなかった。目的の部屋の扉には鍵がかかっていなかった。俺たちはノックなしで中へ入り込んだ。
「口答えするんじゃねえ、くそ売女が」
酒で潰れただみ声が響く。
室内ではタンクトップ姿の大男が、髪の長い女の口元を、バックハンドで殴りつけているところだった。女は悲鳴を上げて色あせたカーペットの上に倒れた。男は俺たちの侵入に気づかない様子で、右足を持ち上げて女を蹴ろうとした。
俺は一瞬もためらわなかった。
雇い主から支給されたばかりの銃を抜き、男の左脚を撃った。
皮一枚かすらせただけだ。重傷を負わせるつもりはない。そんなことをしたら後が面倒だからな。だが男は、発情期の野良猫も真っ青の雄叫びをあげて転がった。
俺は舌打ちせずにはいられなかった。
「ぎゃあぎゃあわめくんじゃねーよ、腰抜け野郎。大げさなんだよ」
――怪我の重さという点でいえば、口の端から血を流している女の方が重症なはずだ。
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