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会社を辞める大義名分として聡との結婚はとても真っ当な理由だと、理衣はここ最近思いを巡らせていたのに、その願い空しく大義名分がなくなってしまった。退職届を出す前に。
「よかったじゃん、退職届出す前で」
自分に言い聞かせる独り言も、窓ガラスに映る自分と目が合いわびしくなって言ったそばから泣けてくる。
電車が速度を落としてドアが開くと、乗ってきた人が理衣の肩にぶつかりレジ袋が跳ねた。
「卵が割れちゃう」
と、あわててレジ袋をかばうと理衣は空しさに襲われた。その卵も袋から覗いている葱も一体誰が食べるんだろう。
通勤時とは違う、のんびりとした空気の流れる最寄の駅を足早に脱出すると、聡と連絡が取れなかったことで空いた金曜の夜に買った、スウェットタイトからのびる足を見た。
立ち止まった足には色気のない虫刺されの痕がシシャモ足に数個広がっている。
脳裏に先程のベッドに横たわる色気たっぷりの裸体の女が浮かんだ。
「私が悪かったのかなぁ、飽きてたのかなぁ」
と、つぶやき、蒼い葉の隙間から漏れる光が、ランダムに点滅して届くのを見上げた。
逆に雷雨だったらみじめさが引き立って這い上がれたかもしれない。周囲に人がいないことで、堪えていた涙がとまらなくなった。
悲しくて泣いているのか、みじめで泣いているのか、そんなことはどうでもいい。とにかく涙がとまらなかった。
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