大晦日のフレグランス

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 だがここは九州の片田舎と言っても、一番近くの町まで車で3、40分はかかる場所。コンビニやビジネスホテルなんかありそうな場所でもないので、本人が不在だというのは桜井にとって大きな誤算だった。  ためしにドアノブを回したら、幸か不幸か、そこはあっさりとあいた。 「無施錠ですか……。こういうことを気にしないのは昔から変わらないですね」  呆れてため息が口をつくが、ここでじっと立っているのもどうかと思い、とりあえず部屋にあがらせてもらう。 「おじゃましまーす……」  声をかけるも返事はなく、代わりに静寂と冷たい室温が桜井を出迎えた。  不用心にもほどがあるが、佐藤は昔からこういう事には無頓着で、東京にいたときには何度も泥棒に入られた。佐藤によると、当時は仕事が忙しすぎて部屋が乱雑を超えてカオスだったとかで、泥棒は物色するには時間がかかりすぎると諦めたらしい。  とられたものはなにもなかったものの、警察官の友人から「鍵をちゃんとかけないからだぞ」と何度も注意され、しまいには防犯用の教材にも「被害なしという、大変稀有ではあるが、絶対にやってはいけない防犯24時」というネタにされてしまい、各地で佐藤の経験談が防犯講習で披露されているようだ。  綾樹なら「鍵をかけていないとは何事だ!」と出先から速攻で戻るところだ。だが佐藤は、綾樹のように神経質ではない。……理屈っぽくはあるが。     
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