大晦日のフレグランス

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 そんな佐藤の存在が、桜井の中で少しずつ少しずつ大きくなっていた。東京で仕事をしていても、気がつけば遠く離れた九州へと思いを馳せている。  それで今回、ドッキリ訪問をしてみたわけだ。  寮とはいえ、彼の自宅は病院から離れた海のそば。晴れた日には水平線がどこまでも続く絶景のオーシャンビューの高層階……とは佐藤の言だが、実際は高台にたつ古い市営住宅の最上階だ。  白い壁に水垢の黒いラインが何本も縦に延びる年季のある佇まい。エレベーターやエスカレーターもないし、耳を澄ませば住人の生活音がまるっと聞こえてくる。  畳敷きの部屋の中は、無駄なことを嫌う佐藤らしいといえば佐藤らしく家具はそんなに多くない。黒いカーペットが敷かれたリビングにはローテーブル、ソファーにベッド……必要最低限のものだ。勤務が忙しすぎるのか、シンクは使ったあとがない。ここに帰ってきているのかも疑わしい。  洋服や医学関連の辞書なんかはそこらに散らかしっぱなしだ。  奥の寝室に行くと、ベッドの周辺は相変わらず洋服が乱雑しているが、なぜかベッドだけはきれいに片付けられていて、シーツもぱりっと糊がきき、清潔感がある。  寝室の隅にある机の上も書類や本で埋め尽くされていて、薄い雑誌が机からずり落ちそうになっていた。     
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