大晦日のフレグランス

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 気になって手に取ると、それは医学関連の小冊子で、ページを開くとカラーの見開きで佐藤の写真が載っていた。  桜井には何のことかわからないが、何か難しい手術を成功させた旨のインタビュー記事だった。  若いのに優れた腕を持っていると、記事は佐藤を賞賛していた。  東京にいた頃の彼は、部屋の乱雑さとは裏腹に、今よりもこざっぱりしている。白衣を着て、医師として、絶対の自信を称えたその写真の男ぶりに、桜井は思わず目を奪われてしまったが、すぐにはたと思い直し、雑誌を閉じた。 「裕二にとっては、こんな賞賛、どうでもいいんでしょうね」  彼の功績をほめたとしても、佐藤はきっとこう言うだろう。「医者として、当たり前のことをしただけだから、こんな記事なんて大げさだ」と。  しかし、だ。  佐藤を驚かすためにはるばる九州まで来たものの、その本人がいないとは。  サプライズを仕掛けようとした桜井自身がなにやら落とし穴に落とされた気にもなるが、もとより相手の職業が普通のサラリーマンとは異なるので仕方ない。  命を預かる仕事だ。人の体調はなかなか暦通りにはいかない。  手のひらをそっとガラスに近づける。そこに触れずとも指先に冷気を感じた。九州なんて南のくせに、東京より寒い気がした。     
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