大晦日のフレグランス

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 佐藤にひとこと来訪している旨を告げればいいが、佐藤はいまこの時間も仕事をしている。  桜井の勝手で仕事の邪魔は出来ないし、佐藤には内緒で来たのだから、よけいに彼に連絡は出来ない。  だが。 「はぁ……寒い」  部屋の中で息が白いなんて。地球温暖化っていったいなんだと地球に毒づきながら、脱ぎ散らかされた佐藤の洋服の中から白いカーディガンを見つけた。  桜井が着るにはかなりぶかぶかでロングカーディガンになってしまうが、とにかく寒くてしょうがない。 「ちょっとこれを借りましょう」  上質の毛糸で編まれたそのカーディガンは、桜井が着るにはかなり大きめだが、背に腹は代えられない。  パーカーの上からそのまま着てちょうどいいサイズだった。袖は少し長く、桜井の手の甲を覆ってしまう。おかげさまで手が冷えることはない。  ふわりとカーディガンから消毒薬の匂いに交じり、清冽な森林の緑を思わせる香りが鼻腔をくすぐった。  おそらく彼の使っているフレグランスの香りだろう。  佐藤がこんな匂いを身体に纏わせていたなんて初めて知った。その香りに包まれていると、彼に抱きしめられているような気がして、頬が熱くなる。  強い風が窓ガラスをガタガタと激しく揺らしていた。     
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