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エレナは、芝居がかった動きで、手を後ろで組みながら、綾音の顔を下から覗き込んだ。
「でもね、私たちのグループに入るには、『掟』みたいのがあってね? ……お金持ちのおじさんと、一緒にご飯食べたり、遊んだり。グループのみんな、そういう『パパ』みたいなお客さんを受け持っているの。綾音さん、あなたもできる?」
「……え、それってどういう……」
エレナの口からでた、馴染みのない言葉。おじさんと遊ぶ? パパ? 何を言っているのだろう。それはまるで……。
「エレナさん、それ、まさか援助交際なんじゃ――」
「綾音さん」
エレナの冷たい目が、綾音を貫いた。それだけで、彼女の呼吸は止まりそうになった。
「私は、そういう返事が聞きたいんじゃないの。やるの? やらないの? どっち?」
綾音の口から、かひゅーという、喉が渇ききったような歪な呼吸音が漏れた。自分が、現実世界に立っているとは思えなくなってきていた。足が、がくがくと震える。
次の瞬間、綾音は目の前の美少女に抱きしめられていた。小柄な綾音は、比較的長身のエレナの胸元に顔をうずめる形となる。エレナは、胸元の頭を愛おしそうに撫でた。
「綾音さん。毎日毎日、退屈だと思わない? 私たちは、あなたを退屈なんてさせない。お金も稼げる。……ねえ? 新しい世界に来てみない?」
耳元で囁かれた言葉が、脳内を犯していった。綾音にはもう、正常な判断ができなくなっていた。とろんとした目をした綾音は、エレナを見上げ、消え入るような声で「はい」と答えた。
エレナは、太陽のような笑みを浮かべた。彼女のそんな顔は初めて見たのだ。
「じゃあ、綾音さん。あなたが受け持つ『パパ』の詳細な情報は、後でメールで送るから。大丈夫、最初はみんな怖がっていたけど、すぐに慣れたから。パパもみんな優しいしね」
「あの、エレナさん。いつもエレナさんの話にでてくるパパって、そっちの意味だったんですか?」
エレナはその問いに答えず、綾音の唇に人差し指を当てた。そんな、ドラマのような挙動も、彼女がやるととても様になっていた。
程なくして、綾音は紅潮した顔のまま、ふらついた足で教室を出ていった。
エレナは、教室のドアが閉まるその瞬間まで、手を小さく振り続けていた。
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