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内蔵助(くらのすけ)が「討ち入り」を決意した時から考えていたのは、「如何(いか)にして美しく散るか」とただその一点だけであった。その意味で、忠左衛門(ちゅうざえもん)が邪推(じゃすい)するように、決して生き永らえたいわけではなかった。
そしてこの場合の、「美しく散る」とは、「見事に本懐(ほんかい)を遂(と)げ、そして美しく死んでゆきたい」というものであり、内蔵助(くらのすけ)の夢見るその「芝居」からすると、泉岳寺(せんがくじ)にて汚い討ち入り装束(しょうぞく)で死ぬのは明らかに「芝居」から外れていた。
綺麗な、真新しい白装束(しろしょうぞく)で死ぬ…、これこそが内蔵助(くらのすけ)が思い描いた「討ち入り」という壮大(そうだい)なる「芝居」のラストを飾るに相応(jふさわ)しい死に方なのである。だからこそ泉岳寺(せんがくじ)にては腹を切りたくなかったのだ。無論、腹に刀を突き立てるのが嫌だからという実際的な理由もあったが。
切腹の第一番目に呼ばれた内蔵助(くらのすけ)、その内蔵助(くらのすけ)の後姿に忠左衛門(ちゅうざえもん)は厳しい眼差(まなざ)しを向け、そして内蔵助(くらのすけ)も肌でそれを感じていたものの、
「もう、亡き主君の下へと漸(ようや)くに参るのだから、それで許してくれ」
内蔵助(くらのすけ)は苦笑まじりにそう念じつつ、切腹場へと向かった。
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