泉岳寺(せんがくじ)

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「あっ、いや、暫(しばら)く。これより我らは直ちに、寺社御奉行の元へと参ろうぞ」  内蔵助(くらのすけ)のこの主張に忠左衛門(ちゅうざえもん)らが首をかしげた。 「そはまた何ゆえに?」 「さればその…、此度(こたび)の仇討(あだう)ちの一件を申告すべく…」  内蔵助(くらのすけ)の歯切れは悪かった。 「何を寝惚(ねぼ)けたことを申されるか。既に拙者(せっしゃ)とこれな富森(とみもり)助右衛門(すけえもん)とで大目付の元に申告しに参ったゆえ、それを何ゆえにもうもう一度、わざわざ寺社御奉行の元へ、仇討(あだう)ちの一件を申告しに参らねばならぬので?」  忠左衛門(ちゅうざえもん)の主張は正論であった。だからこそ、それだけに内蔵助(くらのすけ)は歯切れが悪かったのである。 「いや…、上野介(こうずけのうけ)の首級(みしるし)をこのままにしておくわけにもまいらず…、吉良家か、あるいは上杉家に返還せねばならず、されば泉岳寺(せんがくじ)は寺社にて、寺社を管轄(かんかつ)せし寺社御奉行の元へと、この首級(みしるし)と共に参りて…」 「それなれば住職にでも頼めば良かろうて、何なら拙者(せっしゃ)が住職に話をつけるゆえ…」 「あっ、いや、待たれよ」 「まだ何か?」  忠左衛門(ちゅうざえもん)は次第に苛立(いらだ)たしげな様子になってきた。これまで将と仰(あお)いできた内蔵助(くらのすけ)が死を惜(お)しんでいるように見受けられたからだ。この期(ご)に及んでまさかとは思うが…。
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