腹を切るのが怖い

2/2
前へ
/10ページ
次へ
 それにしても実際に腹を突(つ)きたてるのが怖いから、御上(おかみ)に自首することで、実際に腹を突(つ)き立てずに、安楽に死ねる切腹をと…、内蔵助(くらのすけ)がそこまで臆病(おくびょう)だったとは、こんな男を今まで将と仰(あお)いできたとは、忠左衛門(ちゅうざえもん)にしてみればとんだ誤算であった。それは他の同士にしても同じであろう。いや、もしかしたら、 「あわよくば…」  内蔵助(くらのすけ)は生き永らえる希望を捨ててはいないのかも知れない。このまま義士として生き永らえ、のみならず、それこそ本当に、 「あわよくば、どこぞの御家に高禄にて召抱(めしかか)えられたい…」  そう望んでいるのではあるまいか…、忠左衛門(ちゅうざえもん)はそう思い始めたほどであり、 「このまま、内蔵助(くらのすけ)の思い通りにさせてなるものか…」  反骨心がむくむくと頭をもたげてきた。 「良かろう。さればこの老体(ろうたい)が大石殿を介錯(かいしゃく)仕(つかまつ)る。それなれば良かろう」 「えっ…」 「さっ、早くそこへ…」  忠左衛門(ちゅうざえもん)は刀を構えた。すると内蔵助(くらのすけ)は、「まっ、待ってくれっ」と女のような悲鳴を上げて助けを求める始末であった。 「やはりこやつ…、生き永らえるつもりであったのか…」  忠左衛門(ちゅうざえもん)は忸怩(じくじ)たるものがあった。  しかし、内蔵助(くらのすけ)にはまだ、逆転の秘策があった。  それは何を隠そう、忠左衛門(ちゅうざえもん)の足軽(あしがる)であり、今回の義挙(ぎきょ)に参加した寺坂(てらさか)吉右衛門(きちえもん)の逃亡である。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加