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ヴィルガイア王国。王都・スティークルの南。
夜明け前の波止場を歩く一人と一匹。
黒みが強い茶髪の青年ラウドと、赤い毛の猫──否、狼のルースだ。
湖からの寒い風を感じながら人気のない道をひたすらに行く。
なぜこんな時間にこんな場所を……?
事の発端は、ルースがとある魔力を探知したからである。
その魔力はルース曰く、ただの魔力ではないとのこと……。
どう表現するのが適切なのかはわからないが、どうやら普段接している魔法使いとは訳が違うらしい。
異なった“雰囲気”とでも言うべきものを感じた、と漏らしキツく眉を潜めていた。
無論そんな話、自分とは関係がないのだから捨て置けばいいだけのこと。
昔の自分なら当然そうしていた。
でも今は違う。
もし招かざる客なら──?
ほぼ確実に軍が出動する事態になるだろうし、そうである以上、あらかじめ探っておいてやることは彼女のためにもなる……かもしれない。
そう。頭に浮かんだ紅い髪の彼女のために、きっと何かできることがあるはず。
以前の自分なら到底考えられないような行動原理に思わず苦笑が零れた。
と。
「ラウド、あれだ。あの爺さんだ」
視界には年寄りが一人。
船着き場付近で、癖の強い真っ白な髪をした男がうずくまっていた。
「おい。大丈夫か、アンタ?」
刺激しないようにそっと。
ゆっくり近づき、背中側から声を投げかける。
が。
顔を覗ける距離まで来てギョッとした。
静かに光る瞳はこの国では珍しい黒。多分彼女と同じではないと思うが……。
ならば異国の人間か。いや、というかそれよりも……。
コイツ、若い──。
白髪のせいで年寄りだとばかり勘違いしていたが、輪郭自体は二十歳そこそこではないか。
「……ああ……ちょっと船酔いがヒドくてな……。陸に上がったってのにまだダメみてえだ。その証拠にトマト猫が見える」
「誰がトマト猫だ、誰が。私はトマトでも猫でもないわ」
「あ?……。喋って……うぷっ……」
喚いているルースをよそに、様子をみてみる。
害はないのか──?
攻撃体制どころかまったくの無防備だ。
魔力は感じるが、敵対しているようには見えない。
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