壁越しのふたり

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私は玄関を飛び出し、すぐ隣の緑色の扉のノブに手を掛ける。 この期に及んで指先が震えている。 しっかりしろ。しっかりして。 震えたままの左手で扉を叩く。 カチャンとシリンダーの回る音がした。 籠もった臭いが鼻に届き、薄暗い部屋が瞳に映る。無数に散らばる口の開いたゴミ袋と、脱ぎ捨てられた衣服の山。人が生活していると考えたくない淀んだ空間。 異常な背景に佇む二つの瞳が私を見上げている。 不自然に切られた毛髪、小さな体は枝のように痩せ、見える皮膚に浮かぶのは紫色の歪な痣。 かつての私がそこにいた。
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