壁越しのふたり

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片方の耳を、そっと寄せた。 壁紙の凹凸。ざらざらとした感触に温度はない。 ドン、ガタン、ガチャン 何かがぶつかり、倒れ、壊れた音がその薄い薄い壁から伝わってくる。 駅から徒歩20分。あちらこちらから隙間風が入り放題の安アパート。隣人同士のプライバシーなんてきっとあったものじゃない。 体に巡る神経を全て耳に掻き集めるように私は目を瞑る。 雨のように止まない騒音の中に時折混ざる懺悔。 「ごめ…なさ」 「おか…さ、ごめ…なさい」 途切れ途切れに膜が掛かったその叫びは、きっと【おかあさん】には届いていないのだろう。 「うるさい!あんたなんか産まなきゃ良かった!」 はっきり聞こえたのは思慮も配慮もない言葉(のろい)。 私は肩をさする。着古したセーター越しの皮膚が粟立っていた。 ドンドンドン ガチャリ バタン 無遠慮に怒りを乗せた足音、錆びて褪せた緑色の玄関扉は乱暴に開かれ、支えを失い閉じていく。 【おかあさん】は部屋から出て行ったようだ。行き先は駅前のパチンコ屋だろう。そう推測出来るのは不機嫌そうに闊歩する【おかあさん】の姿を、アルバイト先のコンビニで何度か見た事があったから。
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